Thursday, April 23, 2009

Trenkic (2002)

Trenkic, D. (2002). Form-mearning connections in the acquisition of English articles. EuroSLA Yearbook, 2, 115-133.

新学期も本格的に始まり、なかなか定期的な更新が難しくなっていますが、できる限りがんばります。というわけで今回の論文です。

ここで Trenkic の論文を取り上げるのは2度目になります(1回目はこちら)。今回も英語の冠詞習得の研究ですが、面白いアプローチをしていると思ったので紹介することにしました。Trenkic は、母語に冠詞を持たない第二言語学習者は、冠詞について母語話者とは異なった規則を作り出しているのではないかという立場を取り、それでは実際学習者はどのような規則に基づいて冠詞を使っているか(i.e., 定冠詞と不定冠詞を使い分けているか)について調査しています。

ここで話の前提となるのが、母語に冠詞体系の存在しない英語の第二言語学習者が定冠詞 the を過剰に使うという現象です。初期の段階では(母語に冠詞がないため)定冠詞、不定冠詞ともに省略してしまう誤りが多いのですが、その後冠詞を使い始めると、the を使うべきところで a を使う間違いはあまり見られないのに対して、a を使うべきところで the を使ってしまうことが多いことがこれまでの研究から明らかになっています。これについて、先行研究ではいくつかの仮説が提案されていますが、Trenkic はそれらはすべて片手落ちであると考えています(pp. 116-119)。

先ほど紹介したように、Trenkic は第二言語学習者は母語話者とは別の規則を冠詞体系に作り出し、それをもとに冠詞を使っていると考えています。具体的にどんな規則が生まれているのかを調べるために、次の5つの要因について調査しています。

  1. countability: 可算名詞か集合(不可算)名詞かの違い
  2. number: (可算名詞の場合)単数形か複数形かの違い
  3. concreteness: 具象名詞(具体的に姿形のあるものを指す名詞)か抽象名詞かの違い
  4. appearance in text: 初めて話題に出る場合と2度目以上の登場の場合の違い
  5. topicality: 文中でトピックの位置にあるかそうでないかの違い

実験対象はセルビア語(冠詞のない言語)を母語とする英語学習者で、能力別に4つのグループに分けられています(この他に英語母語話者の統制群)。セルビア語から英語への翻訳タスクを用い、冠詞の使用を分析しています(母語話者は翻訳ではなく、同じテスト分に対して冠詞部分を空白にした穴埋め問題を使用)。

まず具象名詞の可算名詞について結果を報告していますが、先行研究の結果と同様の特徴が見られました。能力の低い学習者群には省略(omission)が多くみられるのに対し、上級のグループに進むにつれ omission は(急激に)少なくなります。また、不定冠詞 a(n) よりも定冠詞 the の方が正答率(正しく使える率)が全グループを通して高いです。さらに、 a/the の使い間違い(substitution errors)については、a(n) を使うべき時に the を使ってしまう誤りは 10-30% 見られるのに対し、the を使うべき時に a(n) を使う誤りはほとんど見られません(最大でも 10% 以下)。

次に抽象名詞と具象名詞の比較です。たとえば “He made a candle.” と “She made a wish.” ですが、前者の candle は簡単にイメージできますが、後者の wish は形がないためモノとしてイメージすることが難しいです。Trenkic の仮説は、形や boundaries/limits のはっきりしている具象名詞に比べて、それらが明確でない抽象名詞の方が冠詞の省略が起きやすいのではというものでしたが、実験結果はその反対となりました。具体的に言うと、a(n) を使うべき状況において、具象名詞よりも抽象名詞の方が正答率が高かったんです。これについての Trenkic の説明は次のとおりです(ちょっと長いですが引用します):

… a claim could be made that Serbian learners of English equate the semantics of ‘a(n)’ with the concept of ‘individuation’ rather than with that of ‘indefiniteness’ in the sense ‘not uniquely identifiable to the hearer’.  But marking of ‘individuation’ is pragmatically optimised by these learners, and restricted to those contexts where it is deemed semantically most necessary–therefore more with abstract nouns (fuzzy concepts) than with concrete nouns (more clear cut concepts). (p. 127)

この主張は、以前紹介した Trenkic のもう1つの論文とも共通している、第二言語学習者は冠詞を抽象的な文法体系としてではなく、(形容詞のように)意味を持つ語であると認識しているという考えに通じています。

Using an article is not a question of filling a syntactic position, but of coding a semantic distinction. (p. 129)

この主張を支持する結果として、次の2つが挙げられています。まずは初めて登場する名詞と2度目以降に出てくる名詞の比較ですが、後者は常に the がつくのに対し、前者(初出の名詞)は状況によって a(n) がつく場合と the がつく場合の両方があり得ます。上記主張が正しければ、2度目以降に登場する名詞の場合 the がつくのは当たり前であり、情報(意味)的に冠詞は redundant であると言えます。実際初級、中級の学習者の the の omission を見てみると、初出の場合よりも2度目以降に出てくる名詞の方が多いことがわかりました(上級の学習者はそもそも omission errors がほとんど見られません)。

もう1つはトピックの位置にある名詞の定冠詞の省略についてです。(語用論的な意味での)トピックは意味的な definite であると考えられますが、実験結果を見るとトピックの位置にある名詞の場合の方が定冠詞の省略が多く見られました。

2007年の SLR 掲載の論文ほど明確な形ではありませんが、冠詞のない言語を母語とする人は、第二言語の冠詞体系を(母語話者と同じ形では)習得できないという主張だと思います。Full Access を唱える研究者たちとは意見が対立するわけですが、いったいどちらが正しいんでしょうね。Whtie (2003) あたりでは、全体的に見ると Full Access の立場が有利で、Impaired Representation Hypothesis 等の L2A は母語習得と同じようには UG が機能しないという主張はちょっと弱い感じに扱われていますが、少なくとも冠詞の習得に関しては、Trenkic の言っていることに結構説得力があるように思えます。英語を第二言語として使っている自分を振り返ってみても、納得してしまうんですよ。

本当は自分でもこの辺を調べてみたいと思っているのですが、何しろ自分自身の持つ冠詞に関する直観(implicit knowledge)がかなりあやふやなために一歩踏み込めないでいます(つまり何が正しくて何が間違いかについて、明確に判断する自信がないんです)。日本人研究者が日本人の英語の冠詞習得をきっちり研究するのに、何か良い方法はないでしょうか。

Monday, April 13, 2009

Franceschina (2002)

Franceschina, F. (2002). Case and φ-feature agreement in advanced L2 Spanish grammars. EuroSLA Yearbook, 2, 71-86.

更新を一回飛ばしたにも関わらずさらに数日遅れとなってしまいました。やはり年度初めのこの時期はいろいろ忙しくて、じっくり論文を読んだり研究のことを考えたりする時間が取れませんね。

さて本題です。今日紹介する論文は、いわゆる Representational Deficit Hypothesis (RDH; IRH とも言います) を支持する研究です。RDH の出発点と言ってもいい Hawkins & Chan (1997) の Failed Functional Features Hypothesis (FFFH) は、母語に存在しない素性は L2 では獲得できないといった主張をしています。この仮説が正しいかを調べるため、 Franceschina は(良い意味で)とてもシンプルなデザインを考えました。簡単に言うと、ある特定の素性について、それが存在する言語の母語話者と存在しない言語の母語話者を対象にして、その人たちの同じ L2(件の素性を持つ言語)の知識を調べることで、FFFH を検証しました。

今回対象になった素性はスペイン語の性(gender)。いわゆるφ素性の1つで、数(number)や人称(person)と一緒に代名詞の活用などに姿を見せます。ヨーロッパの言語には gender 素性を持つものも多く、この研究ではフランス語、ドイツ語、ギリシャ語、イタリア語の母語話者が [+gen] グループに採用されています。一方 gender 素性を持たない言語のグループでは、英語母語話者が実験に参加しています。FFFH は素性の獲得可否に関わる仮説であるため、能力の高い学習者を対象に、習得の endstate がどうであるかを調べようとしています。

大まかな予測としては、[+gen] グループの被験者は、(母語からの転移で)スペイン語の gender 素性を問題なく扱えるのに対して、[-gen] グループである英語母語話者は、母語に gender 素性がないためスペイン語の gender 素性の知識を正しく活用できないということになります。この仮説を検証するため、Franceschina は production と comprehension の2つの実験を行っています。被験者は [+gen] グループ25名、[-gen] グループ15名、それにスペイン語母語話者の統制群25名。実験群は、スペイン語の proficiency test の結果が統制群の母語話者と同じ範囲に入っており、このことから endstate を対象にしていると考えられています。

実験1は、空欄に適切な代名詞を入れる課題。論文には書かれていませんが written task だと思われます。被験者は、文脈を見て、数(単数 or 複数)・格(accusative or dative)・性(masc, fem, or neut)を正しく活用した代名詞を記入します。全体的な正答率は、統制群が 89.00% で、[+gen] 群が 87.24、[-gen] 群が 84.53%。Franceschina は3群間に差はないと言っていますが、検定を行っていません。グループ間の差と標準偏差(1.2~3.4)を考えると意味のある差であるように思われますが、なぜ検定を行わなかったかはわかりません(他の分析では検定を使っているのでなおさら疑問です)。

続いて、上記実験で出てきた全ての間違いをタイプ別に分類しています。gender の誤りだけに注目すると、統制群全体で2つ、[+gen] 群で1つ、[-gen] 群で11の誤りがありました。被験者数が同じではないし、本当は一人当たりの平均値を出してそれを比較するのが筋ですが、それを別にすれば、[-gen] 群に多くの誤りが見られたというのは予測通りということになります。

実験2は comprehension task。代名詞1つを含む文を読み(同時に音声も流れる)、その後3つの単語を見て、代名詞が何を指すのかを当てる課題です。代名詞が男性形だったとしたら、選択肢のうち2つは女性名詞で1つが男性名詞なので、正解は1つという設定になっています。

16点満点の実験結果は、統制群が14.69、[+gen] 群が 13.83、[-gen 群が 12.20。分散分析と事後検定の結果、統制群と [-gen] 群の間が有意で、[+gen] 群と [-gen] 群の間が p=.06。最後の比較については厳密に言えば有意ではありませんが、概ね予測通りの結果だと言えるでしょうか。

以上の結果について、Franceschina は、[-gen] の母語話者にとって gender 素性が persistent problem であるのに対し、[+gen] 言語話者は gender 素性の知識には問題がなさそうだと結論づけています。これはつまり FFFH が支持されたということになります。

以下コメント。機能範疇(functional categories)のレベルではなくさらに細かい素性(features)のレベルでの分析を行っている点で興味深い研究だと思います。僕も人称や数といったφ素性の習得について調べたいと思っているので、そういう意味でも関係のある論文だと言えます。ただ、2つほど疑問に感じている点があるのでそれを記しておきます。

まずは、何を持って problem であるとするかについて。FFFH を厳密に解釈すれば、L1 にない素性に関する知識は L2 では獲得できないことになり、だとすると上記 [-gen] 群の被験者は gender に関してはランダムに使ってしまう可能性が考えられます。ところが実際には、母語話者や [+gen] 群よりは低いといっても正答率としてはかなり高いんです。実験1について言えば、一人18のテスト文×15人=270文のうち gender の誤りは11個ということになると思うので、正答率に直せば 96% だし、実験2についても 12.2/16=76% の正答率です。母語話者より(そして [+gen] 群より)劣るのは事実だとしても、 gender 素性に関する知識の獲得なしに、どうしてこれだけ正しい解答ができるのかについての答えが必要になります。

もう一点は gender 素性の特有性について。たとえば number 素性や person 素性と比べ、gender 素性は個別の語彙項目により密接に結びついています。平たく言えば、一つ一つの名詞を学ぶ際に学習者はそれが男性名詞なのか女性名詞なのかを含めて学ばなければいけません。このことが、gender 素性の正しい使用を他の素性(number や person)よりも困難にしている可能性があります。つまり、gender 素性に関わるパフォーマンスが劣るのは、素性そのものの知識の問題(だけ)が原因ではないかもしれないとも考えられるわけです。もっとも、これはただの推測、憶測なので、この点についても何らかの形で調査する必要がありますが。

Friday, April 3, 2009

お休み

新年度開始時のゴタゴタの中、今週の更新は休ませていただきます。来週も忙しいですが、2週連続の休みとならないよう、なんとか更新を目指します。

Friday, March 27, 2009

Guella, Deprez, & Sleeman (2008)

Guella, H., Déprez, V., & Sleeman, P. (2008). Article choice parameters in L2. In R. Slabakova, J. Rothman, P. Kempchinsky, & E. Gavruseva (Eds.), Proceedings of the 9th Generative Approaches to Second Language Acquisition Conference (GASLA 2007), (pp. 57-69). Somerville, MA: Cascadilla Proceedings Project.

出張で東京に来ています。というわけで新宿にあるホテルの部屋からの更新です。今回紹介する論文も先週と同じく冠詞の習得に関する研究です。冠詞のない日本語母語話者にとって、外国語で冠詞を正しく使うのはなかなか大変なタスクです。英語の a と the の使い分けって難しいですよね。そんなことを考えながら読みました。

世界の言語を見ていくと、冠詞という形態素がどのような意味を表しているかで2つのタイプに分類できるそうです。1つは definiteness(定性)、もう1つは specificity(特定性)。日本語にしてみるとますますわかりにくくなるので、英語を例にとって確認します。ちなみに英語の冠詞は definiteness を表しています。次の4つの文(すべて Guella, Déprez, & Sleeman, 2008, から転載)を見てみましょう。最初の2つは定冠詞 the が使われる例です:

1. Chris: Well, I’ve bought everything that I wanted.  Are you ready to go?
Mike: Almost.  Can you please wait for a few minutes?  I want to talk to the owner of this bookstore.  She is my old friend. [+Definite, + Specific]

2. Sales clerk: May I help you, sir?
Customer: Yes! I’m very angry.  I bought some meat from this store, but it is completely spoiled!  I want to talk to the owner of this store.  I don’t know who he is, but I want to see him right now! [+Definite, -Specific]

1に出てくる owner は、他の店ではなくこの店のオーナーで、しかも話者はその人が誰だかを知っています。一方4の owner は、やはりこの店のオーナーということは決まっていますが、話者はその人と面識がないためなんという人かまで特定はされていません。そういう意味で1は definite で specific、2は definite だけど specific でない、ということになります。今度は不定冠詞 a が使われる例:

3. A man just proposed to me in the orangery (though I’m much too embarrassed to tell you who it was). [-Definite, +Specific]

4. A man is in the women’s bathroom (but I haven’t dared to go there to see who it is). [-Definite, - Specific]

両方とも下線部の名詞 man には不定冠詞の a がついています。ところが、上の文では、この文の話者に対してプロポーズをしてきた(特定の)男性がいるわけです。つまりこの文に出てくる man というのはある特定のひとりの男性を指しています。一方下の文では、誰か男の人が女子トイレにいるわけですが、それがどこの誰だかはわかっていません。つまりこちらの man は特定されていないわけです。

上の4つの例を見てわかるのは、英語の定冠詞(the)、不定冠詞(a)の区別は、その名詞が特定化されているか(人でいえばどこの誰だかわかっているか)どうかではなく、聞き手と話し手双方にとって誰のことを話しているのかわかっているかどうかによって決まるということです。3と4の文では、聞き手は “man” について知るべき手がかりがないから不定冠詞が使われているのに対し、1と2ではある特定の店のオーナーということで(名前を知っているかいないかではなく)ひとりの人物に限定されるので定冠詞が使われているというわけです。頭で理解していても言葉で説明するのはとても難しいですね。

日本人学習者が英語の冠詞を習得できないのは、a と the の区別を definiteness ではなく specificity を使って行っていると考えられるそうです(Snape, 2005)。そうすると問題になるのは、definiteness と specificity が逆になる上でいうと2と3の場合で、実際冠詞の誤用もこの2つのパターンで多く見られるようです。日本人が英語を学ぶとき、まずは (a) 英語に冠詞というものがあることを学ぶ必要があり、その上でさらに (b) 定冠詞と不定冠詞の区別に specificity を使わないことと、その逆に (c) definiteness を使うことを学ばないといけません。以上をまとめると、Snape が調査した日本人英語学習者は a の知識を身につけた後 b の段階で止まっていると考えることができるでしょうか。

やたら前置きが長くなりましたが本題に入ります。Guella, Déprez, & Sleeman (2008) はオランダ語母語話者がアラビア語を習得する際の冠詞の誤りについて調査しています。ここで面白いのは、オランダ語もアラビア語も冠詞を持ち、定冠詞と不定冠詞の区別は英語と同様 definiteness を基準にしている点です。つまり、オランダ語母語話者はアラビア語を学び始める前にすでに必要な冠詞に関わる知識を持ち合わせているということになります。Schwartz & Sprouse (1994, 1996) やその他多くの研究者が主張する Full Access/Full Transfer (FAFT) という仮説を当てはめれば、オランダ語話者はアラビア語を習得する初期の段階から母語の規則を転移(transfer)させることでアラビア語の冠詞を正しく使えると予想できます。ところが実験結果を見るとそうはなってないんです。

対象者は240時間ほどの授業を受けた11人のオランダ語を母語とするアラビア語学習者。実験は forced-choice elicitation task。文脈を見て、空白にふさわしい冠詞を入れる(というかアラビア語の場合定冠詞は él で不定冠詞は ∅、つまり存在しません。ということは定冠詞を入れるべき時に él と入れて、不定冠詞がふさわしい時には何も入れないのが正解となります。[±specific] x [±definite] で4つの条件ができますが、それぞれの正答率を見てみましょう。

+specific, +definite: 90.9%
+specific, -definite: 36.4%
-specific, +definite: 36.4%
-specific, -denifinte: 81.2%

このように、speficity と definiteness でプラスマイナスが逆になる時に誤用が多くなりました。言い換えれば被験者たちはアラビア語の定冠詞・不定冠詞の区別を definiteness ではなく specificity と基準に行っているように見えるわけです。アラビア語もオランダ語も definiteness を用いているわけなので、この被験者たちは母語とも L2 とも違う specificity という基準を(わざわざ)使っていることになり、これは Full Transfer 仮説の反証とも言えます。

なぜこのような結果になったかについて、著者は “specificity distinctions are somehow more basic than definiteness ones” (p. 68) と言っています。類型学(typology)的に言えば前者が無標(unmarked)で後者が有標(marked)ということになるでしょうか。この仮説が正しいとすると、日本人英語学習者が definiteness より先に specificity を手がかりに冠詞の定・不定の区別を(誤って)行うのも同じ現象だと考えられるかもしれません。

ただ、冠詞の習得については、これとは逆の結果を示す研究もあるようなので、結論を出すのにもう少し慎重になる必要がありそうです。僕も冠詞習得の研究については詳しくないので、今後もう少し多くの研究を見てみようと思います。

Friday, March 20, 2009

White (2008)

White, L. (2008). Different? Yes. Fundamentally? No. Definiteness effects in the L2 English of Mandarin speakers. In R. Slabakova, J. Rothman, P. Kempchinsky, & E. Gavruseva (Eds.), Proceedings of the 9th Generative Approaches to Second Language Acquisition Conference (GASLA 2007), (pp. 251-261). Somerville, MA: Cascadilla Proceedings Project.

冠詞の習得について、僕は今までいろいろな理由から避けてきたんですが、今年に入って冠詞習得の論文を何本か読み、自分でも研究してみてもいいかなと思うぐらいになってきました。英語を L2 として使用する自分が一番「難しい」と感じているのが冠詞であり、その困難さが一体どこから来るのかについて詳しく知りたいという気持ちもあります。

今回紹介する Lydia White の研究は、冠詞の習得のうち、特に definiteness effect (DE) と呼ばれる現象に焦点を当てたものです。英語の there 構文(e.g., There is an electric wine cellar in my apartment.)の DP (例では “an electric wine cellar”)の determiner(限定詞)には制限があるという話なんですが、簡単に言えば定冠詞 the や代名詞、固有名詞、それに指示詞といった「強い」限定詞 を取ることができないという現象です。上記の例を使うと、”*There is the wine cellar in my apartment.” という文が正しくないということになります(いくつかの規則的な例外もあります)。文法的な冠詞のない中国語を母語とする学習者が、英語の DE について正しい知識を獲得できるかどうかについて、White は表出タスクを用いて調査しています。

カナダ在住の15人の中国語母語話者に対して、63枚の絵を見ながらストーリーを英語で発話させるタスクを使って表出データを収集しました。そのうち、加算名詞の単数形が用いられ、なおかつ限定詞 と名詞の間に形容詞が挟まっていないものを分析対象としました。加算名詞の単数形を使ったのは、不可算名詞や複数形の場合、冠詞がなくても文法的に問題がないため、限定詞が空な場合にそれが誤りかどうか判断できないためです。

まずは予備的情報として、”low to high interemediate” とされる被験者たちの冠詞使用の正確さですが、40%から70%でした。このことから、被験者は母語話者とは明らかに異なったパフォーマンスをしていることがわかります。それで、肝心の there 構文の方はというと、一人平均10程度の表出がありました(合計で149)。この149のうち、限定詞に非文法的なもの(つまり DE に反するもの)は定冠詞を用いた3例のみで、それ以外の146の発話はすべて DE に違反しない DP が使われていました。

White は、中国語を母語とする英語学習者が DE について(少なくとも表出では)かなり正確な知識を持っていることについて、いくつかの解釈が可能であるとしています。ひとつは、UG が機能しているとする可能性ですが、その他に2つの可能性も列記しています。そのうち1つはインプットの情報から十分にこの知識は習得可能であるという考え方。つまりインプット中の there 構文では、DP に定冠詞が使われる例はかなり少ないため、DP には不定冠詞等の「弱い」限定詞が来なければいけないということを知るという可能性です。ただし、これについて White は、”There is the … ” という表現も文法的に可能である場合があり(詳しくは省略)、大規模コーパス(BNC)を検索した結果、”There is the … ” というパターンは “There is a … ” の10分の1ぐらいの頻度で観察されるとのことです。このようなインプットの情報から、学習者が DE の知識をきちんと獲得できるかは明確でないと White は考えているようです。

もう1つは、there 構文では不定冠詞を使うということを明示的知識として持っているという可能性です。Boping Yuan (p.c.) は、中国ではこれを学校で教えると言っているようで、このことである程度の説明がつくのかもしれません。

White 自身の結論は、この研究からは上記のどの可能性が正しいのかまでの判断はできないということです。僕の感想としては、そもそも冠詞について正しい知識を持っていない学習者が、その冠詞の使用に関するさらに限定的な規則について正しい規則を持っているというのは考えにくいなということになります。直感的には、上記のインプットベースの説明が一番しっくりきますし、there 構文で DP に定冠詞を用いないことイコール DE の知識を持っていることにも必ずしもならないとも言えます。たとえば、there 構文ではなんとなく the が来ちゃいけなさそうだなぁという程度のぼんやりした知識(というか印象というか何か)があれば、there 構文の表出時に(あえて)the を付けることもないだろうとも言えますし、今回観察された現象はもしかしたらその程度のことなのではとも思います。

この辺についてもう少しはっきりさせるには、表出ではなく知識に焦点を当てる必要があるでしょう。具体的には、there 構文の DP にいろいろなタイプのものを用意し、その文法性を判断してもらうタスクを使うのも良いでしょう。もっともこれには、被験者が there 構文の DP に関する明示的知識(上記 Yuan の話参照)を持っていないという前提での話ですが。はたして日本人英語学習者は、これについて学校で習うのでしょうか。手元に参考になる資料がありませんが、少なくとも誰もが知っている(もしくは覚えている)といったメジャーな規則ではないように思います。また、仮に明示的知識を持っていたとしても、それはおそらく「there 構文では名詞に定冠詞を付けない」といった程度のものだろうと予想されるので、冠詞以外の限定詞(「強い」ものでは all, most, every, each, this, that, my, his, her などなどで、「弱い」ものでは some, many, few, several, one, two, three などなど)の場合についての文法性も確認することで、正確な DE の規則を持っているかどうかは調査できそうです。

話は変わりますが、Lydia White がすごいなぁと思う理由の一つに、とても高い生産性があります。今回紹介した論文のような比較的小規模のものも含めれば、毎年コンスタントに何本かの実証研究を出版しているようですが(しかも単著のものも結構ある)、ものすごく忙しい人であろうと思うのに、その行動力はすごいです。多くのグラントをもらっているし、多くの大学院生を抱えているということもありますが(この論文の謝辞を見ると、リサーチ・アシスタントだけで13人の名が、そしてグラント名も2つが挙げられています)、それにしても考えたことをきちんと実証しようとするエネルギーは尊敬ものです。

Next »