Trenkic (2002)
Trenkic, D. (2002). Form-mearning connections in the acquisition of English articles. EuroSLA Yearbook, 2, 115-133.
新学期も本格的に始まり、なかなか定期的な更新が難しくなっていますが、できる限りがんばります。というわけで今回の論文です。
ここで Trenkic の論文を取り上げるのは2度目になります(1回目はこちら)。今回も英語の冠詞習得の研究ですが、面白いアプローチをしていると思ったので紹介することにしました。Trenkic は、母語に冠詞を持たない第二言語学習者は、冠詞について母語話者とは異なった規則を作り出しているのではないかという立場を取り、それでは実際学習者はどのような規則に基づいて冠詞を使っているか(i.e., 定冠詞と不定冠詞を使い分けているか)について調査しています。
ここで話の前提となるのが、母語に冠詞体系の存在しない英語の第二言語学習者が定冠詞 the を過剰に使うという現象です。初期の段階では(母語に冠詞がないため)定冠詞、不定冠詞ともに省略してしまう誤りが多いのですが、その後冠詞を使い始めると、the を使うべきところで a を使う間違いはあまり見られないのに対して、a を使うべきところで the を使ってしまうことが多いことがこれまでの研究から明らかになっています。これについて、先行研究ではいくつかの仮説が提案されていますが、Trenkic はそれらはすべて片手落ちであると考えています(pp. 116-119)。
先ほど紹介したように、Trenkic は第二言語学習者は母語話者とは別の規則を冠詞体系に作り出し、それをもとに冠詞を使っていると考えています。具体的にどんな規則が生まれているのかを調べるために、次の5つの要因について調査しています。
- countability: 可算名詞か集合(不可算)名詞かの違い
- number: (可算名詞の場合)単数形か複数形かの違い
- concreteness: 具象名詞(具体的に姿形のあるものを指す名詞)か抽象名詞かの違い
- appearance in text: 初めて話題に出る場合と2度目以上の登場の場合の違い
- topicality: 文中でトピックの位置にあるかそうでないかの違い
実験対象はセルビア語(冠詞のない言語)を母語とする英語学習者で、能力別に4つのグループに分けられています(この他に英語母語話者の統制群)。セルビア語から英語への翻訳タスクを用い、冠詞の使用を分析しています(母語話者は翻訳ではなく、同じテスト分に対して冠詞部分を空白にした穴埋め問題を使用)。
まず具象名詞の可算名詞について結果を報告していますが、先行研究の結果と同様の特徴が見られました。能力の低い学習者群には省略(omission)が多くみられるのに対し、上級のグループに進むにつれ omission は(急激に)少なくなります。また、不定冠詞 a(n) よりも定冠詞 the の方が正答率(正しく使える率)が全グループを通して高いです。さらに、 a/the の使い間違い(substitution errors)については、a(n) を使うべき時に the を使ってしまう誤りは 10-30% 見られるのに対し、the を使うべき時に a(n) を使う誤りはほとんど見られません(最大でも 10% 以下)。
次に抽象名詞と具象名詞の比較です。たとえば “He made a candle.” と “She made a wish.” ですが、前者の candle は簡単にイメージできますが、後者の wish は形がないためモノとしてイメージすることが難しいです。Trenkic の仮説は、形や boundaries/limits のはっきりしている具象名詞に比べて、それらが明確でない抽象名詞の方が冠詞の省略が起きやすいのではというものでしたが、実験結果はその反対となりました。具体的に言うと、a(n) を使うべき状況において、具象名詞よりも抽象名詞の方が正答率が高かったんです。これについての Trenkic の説明は次のとおりです(ちょっと長いですが引用します):
… a claim could be made that Serbian learners of English equate the semantics of ‘a(n)’ with the concept of ‘individuation’ rather than with that of ‘indefiniteness’ in the sense ‘not uniquely identifiable to the hearer’. But marking of ‘individuation’ is pragmatically optimised by these learners, and restricted to those contexts where it is deemed semantically most necessary–therefore more with abstract nouns (fuzzy concepts) than with concrete nouns (more clear cut concepts). (p. 127)
この主張は、以前紹介した Trenkic のもう1つの論文とも共通している、第二言語学習者は冠詞を抽象的な文法体系としてではなく、(形容詞のように)意味を持つ語であると認識しているという考えに通じています。
Using an article is not a question of filling a syntactic position, but of coding a semantic distinction. (p. 129)
この主張を支持する結果として、次の2つが挙げられています。まずは初めて登場する名詞と2度目以降に出てくる名詞の比較ですが、後者は常に the がつくのに対し、前者(初出の名詞)は状況によって a(n) がつく場合と the がつく場合の両方があり得ます。上記主張が正しければ、2度目以降に登場する名詞の場合 the がつくのは当たり前であり、情報(意味)的に冠詞は redundant であると言えます。実際初級、中級の学習者の the の omission を見てみると、初出の場合よりも2度目以降に出てくる名詞の方が多いことがわかりました(上級の学習者はそもそも omission errors がほとんど見られません)。
もう1つはトピックの位置にある名詞の定冠詞の省略についてです。(語用論的な意味での)トピックは意味的な definite であると考えられますが、実験結果を見るとトピックの位置にある名詞の場合の方が定冠詞の省略が多く見られました。
2007年の SLR 掲載の論文ほど明確な形ではありませんが、冠詞のない言語を母語とする人は、第二言語の冠詞体系を(母語話者と同じ形では)習得できないという主張だと思います。Full Access を唱える研究者たちとは意見が対立するわけですが、いったいどちらが正しいんでしょうね。Whtie (2003) あたりでは、全体的に見ると Full Access の立場が有利で、Impaired Representation Hypothesis 等の L2A は母語習得と同じようには UG が機能しないという主張はちょっと弱い感じに扱われていますが、少なくとも冠詞の習得に関しては、Trenkic の言っていることに結構説得力があるように思えます。英語を第二言語として使っている自分を振り返ってみても、納得してしまうんですよ。
本当は自分でもこの辺を調べてみたいと思っているのですが、何しろ自分自身の持つ冠詞に関する直観(implicit knowledge)がかなりあやふやなために一歩踏み込めないでいます(つまり何が正しくて何が間違いかについて、明確に判断する自信がないんです)。日本人研究者が日本人の英語の冠詞習得をきっちり研究するのに、何か良い方法はないでしょうか。
