White, L. (2003). Second language acquisition and Universal Grammar. Cambridge: Cambrdige University Press.
読み終えてからすでに1週間ほど経過してしまいましたが、あらためて。Lydia White は 1989 年にとても似たタイトルの本を出してますが、今回読んだのはその改訂版というわけではなく、言ってみれば続編みたいなもの。前作が出版された後、つまり1990年代から2000年代初めまでに出た研究を概観し、必要があれば批判し、それら1つ1つを SLA 研究の中に位置づけています。Universal Grammar の枠組みに乗った SLA 研究の教科書にちょうどいいと思いますが、全くの入門書というわけではないので、これから UG 系の SLA 研究を勉強しようとする方の最初の一冊というわけにはいかないと思います。高度な知識を必要とするわけではありませんが(だったら僕が読ない)、Government and Binding (GB) についてのある程度の背景知識と、Minimalist Program (MP) についてちょっと聞いたことがあればとりあえず読めるかな。Internal argument, external argument という用語とか、Split Infl Hypothesis とかが説明もなく出てくるので、このレベルの話題についていけないとちょっと辛いかもしれません。
本書は全部で8章構成。各章のタイトルをまず挙げます:
1. Universal Grammar and language acquisition
2. Principles of Universal Grammar in L2 acquisition
3. The initial state
4. Grammar beyond the initial state: parameters and functional categories
5. The transition problem, triggering and input
6. Morphological variability and the morphology/syntax interface
7. Argument structore
8. Ultimate attainment: the nature of the steady state
言語を習得する上で、人間には言語というものに対していくつかのルール(知識)を生まれながらに持っているとする主張があり、この前提を元に母語習得、そして第二言語習得の研究が幅広く行われています。この前提となる生得的な知識を普遍文法(Universal Grammar)と呼び、これに関わる第二言語習得研究を UG 系の SLA 研究と僕は呼んでいます。
母語、第二言語に関わらず、UG 系の習得研究を行う上での大前提に poverty of the stimulus という問題があります。簡単に言えば、言語、特に統語規則の習得に必要な情報が、インプット中には全て含まれていないということであり、従って人間にはインプットの情報を補う言語の「核の部分」に関する知識(=普遍文法)を生まれながらに持っているとするのが UG 系の習得研究の大前提となります。White (2003) では、まず第1章でこの poverty of the stimulus について例を挙げながら説明し、続く第2章ではこの論点を第二言語習得にまで拡大しています。
残りの章では、第二言語習得におけるいくつかの重要な論点についてそれぞれ整理しています。第3章では initial state、つまり第二言語習得の出発点はどこにあるかという話。母語の規則体系を第二言語に当てはめるところから始まるという考え(Full Transfer)や、母語習得と同様パラメターの設定がされる前の状態から始まるという考え(No Transfer)などの主な提案が、実証研究と絡めて紹介されています。
第4章ではその後の段階の話。パラメターの再設定ができるのかどうか、functional categories は第二言語習得でも機能しているのかなど、以前は UG Access という枠組みで検討された問題を再整理しています。
第5章では、UG 系の習得研究に足りないとされている transition theory について。Kevin Gregg (1996) などの批判が有名ですが、UG 系の研究はあくまで学習者(話者)の持つ知識を扱った property theory であり、習得プロセスそのものを扱った transition theory の要素を欠いているという問題について検討されています。ここで White は、インプット中のどのような要素が習得(例えばパラメターの再設定)のきっかけとなりうるかを論理的に議論していますが、残念ながらこの章に関しては実証研究の引用はほぼゼロ。Gregg の批判が全うなものであるということをはからずも認める形になってると思いました。実証的に扱うのが難しい問題を多く含んでいますが、心理言語学的な研究者と協力して、今後調査していくべき分野ということでしょう。
第6章は形態素と統語の関係について。僕が最も興味を持っている分野の1つですが、僕がここで紹介した Lardiere (1998b) のように、言語習得がかなり進んだ段階でも形態素の使用が正確でない問題についての議論です。Functional categories 自体に問題があるとする考えと、functional categories 自体は問題なく、表面的な形態素の使用に問題があるとする考えを比較し、実証研究の分析に基づいて後者に軍配が上がるとしています。
第7章は、90年代以降に研究が盛んになった argument structure の話。有名なところでは、”Mary pushed the book to John.” はOKでも、”*Mary pushed John the book.” はダメといった例がありますが、Pinker (1989) を出発点にした、統語と意味論の関係を扱った習得研究の紹介です。
第8章は ultimate attainment の話。第3章で初期段階の話をした上で、では第二言語習得の最終段階はどうなる(なりうる)のかについての議論です。Lardiere (1998b) の被験者 Patty の例などを元に、いわゆる fossilization, stabilization などについて UG の枠組みで検討しています。
こういう本だったら、この後に全体をまとめる章があってもいいと思うのですが、第8章の最後にさらっとした conclusion があるだけなのはちょっと残念。読み終えた後でもう一度全体像に立ち返って、理解や意見を整理したいところですが、その手がかりがあったらさらにいいんじゃないかと思いました。
以下感想。この分野の第一人者のまとめた本ということもあり、主だった問題や関連研究を網羅し、1つ1つを単純に並べるだけでなく、分類、整理してある点はとてもいいです。僕なんかも、引用されている論文の多くをこれまでに読んでいましたが、もう1段上の階層で見つめなおすいい機会になりました。また、先行研究については理論的問題や実験上の問題点を厳しく批判しているのも、単なる論文紹介でない高いクオリティのレビューになっています。逆に言えば、手続き上かなり問題のあるような論文まで紹介しなければならないということで、つまりまだまだ発展途上の研究分野であるとも言えます。まだまだやるべきことが多く残っているというのは、僕ら研究者にとってはよいニュースです。特にデータ収集レベルで問題のある研究が多いことから、これからの研究では理論的な部分だけでなく、データ収集法についてもきちんと検討していく必要があるでしょう。
この本は、UG 系の第二言語習得研究を、著者である Lydia White が自分の主張を交えながら分類、紹介したものです。彼女自身は、functional categories については Full Transfer Full Access を信じ、形態素レベルの問題は Missing Surface Inflection Hypothesis の立場を取っていると考えられますが、そうでない立場の研究者がこの本を読んだときどのような反応を示すのか興味があります。僕の指導教官は White にかなり近い立場だから、僕が読んでいてもある意味スムーズに読み進められましたが、例えば Eubank とか Meisel のような立場を取る人たちの反論を聞きたいところです。
最後にもう1つ。最初に書いたように、UG 系の言語習得研究は、母語にしろ第二言語にしろ、poverty of the stimulus 問題を出発点にしています。学習者の持つ統語知識を分析してみると、インプットを元にしただけでは説明できない部分があり、だからこそ生得的な知識(UG)を持っていると仮定するのが自然であるという論法なわけで、本書でも冒頭の第1章、第2章でその点についてきちんと土台を固めているわけです。ところが、第3章以降で扱われている言語項目を見ていくと、厳密に言えば poverty of the stimulus 問題の成立していないものも少なからず含まれているように思います。「UG が存在すると仮定すればこのような説明が成り立つ」という論理展開自体に筋が通っていたとしても、インプットに含まれる情報だけで同じ結果に説明がつく場合もありうるのではないかと思いました。具体的なものは忘れてしまったので申し訳ないですが、今後 UG 系の研究を読むときには、この点頭に入れておいても損はないなと感じました。