Friday, March 6, 2009

Schmidt & Roberts (2009)

Schimidt, G. L., & Roberts, T. P. L. (2009). Second language research using magnetoencephalography: A review. Second Language Research, 25, 135-166.

このページで一番よく紹介している Second Languge Research の最新号(Vol. 25, #1)は neuroimaging(NI: 神経画像検査?)と SLA を扱った特集号です。この1週間はここに収録されている5本の論文(すべてレビュー)を読んできたので、その中の1つを取り上げたいと思います。

ERP (Event-Related Potential: 事象関連電位) や近赤外光トポグラフィを利用して脳の活動を測定する機器が SLA 研究者の間でも少しずつ使われるようになり、学会発表やジャーナル論文の中にもそういう研究を見かける機会が増えてきたように思います。ところが、それらの多くは残念ながら SLA 研究の中でまだ重要な役割を示すところまで行っていないようです。これについては同じ SLR に Kees de Bot がかなり辛らつな論文を寄せています (2008)。

The return on investment for NI research on multilingual processing so far is low….  Both researchers and funders may want to consider to what extent an increase of NI research is warranted. (p. 129)

この特集号の巻頭でも、編者の Laura Sabourin は、NI を扱った SLA 研究にはまだ質のばらつきが見られ、それはもともと脳科学を研究している人が SLA にも手を伸ばしているために言語学的に見ると理論的に弱い(というか意味のない)リサーチ・クエスチョンを扱っていたり、逆に SLA 研究者が脳科学の技術を扱おうとするために手法的に質の高くない研究を行ったりしていることが原因であると述べています。実際この特集号に掲載された論文を一通り読んでみても、通常 SLR に掲載される論文と比べると linguistically unsophisticated questions (Sabourin の言葉, p. 5) が多い印象です。

これを見て、de Bot のように NI 研究への(過大な)投資はちょっと控えた方がいいんじゃないかと考えるか、今後もこのような研究が続くことで、次第に質が洗練され、将来的には SLA 研究の一手法として確立されることを期待するかは意見が分かれると思いますが、いずれにしても、近い将来 NI 研究が SLA の理論構築に直接的な影響を与えることはなかなか期待できなさそうです。この辺については後でまた触れる予定。

さて、回り道しましたが本題です。Schmidt & Roberts の論文は、NI 研究の手法としては一番新しい部類になる magnetoencephalography (MEG: 脳磁図) を使った SLA 研究のレビューです。MEG はこれまでの測定方法と比べてより詳細に脳の活動の位置とタイミングを測定することができるそうです。ただ機器がまだまだ高価なので、そうそう簡単に使えるわけではなさそうです(大きな医学研究機関に行かないとないんだと思います)。この点では、ERP やトポグラフィのように、カートに乗っけて転がして運ぶことができる機器ほどの気軽さでは使えないでしょう(ちなみに、Google Image Search を使うと、こういう画像とかこういう画像が見つかりますが、これを見ただけでもかなり大がかりな実験装置だということがわかってもらえると思います)。

論文前半では、MEG の説明や他の NI 研究用の測定機器との比較がされていますが、ここでは割愛します。論文の後半では MEG を使って L2 学習者を対象に行った研究が網羅されています。ちょっとびっくりしたのが、日本人が中心になって行った研究が全体の半分以上を占めていたことです。

本論文で紹介されている先行研究の概要を読んでみると、MEG は音韻レベルの言語処理を扱うには使い勝手が良いようです。統語レベルの処理についてはまだほとんど研究が行われていませんが、紹介されている Kubota et al. (2003, 2004, 2005) を見ても、測定結果が何を意味するのかをきちんと検討するのにまだまだ時間がかかりそうな印象です。

Kubota et al. の研究では、まず統語レベルの規則違反(syntactic violations)を含む文を処理するときに特有の反応(SF-M150)が見られると主張しています。これをもとに、いくつかの種類の違反を含む文を処理するときに母語話者と L2 学習者の脳がどのように反応するかを測定しています。例えば、2003年の論文では、次のような2種類の違反を対象にしています。

a. I believed [he / *him] is a spy.
b. I believe [him / *he] to be a spy.

両方とも名詞の格(主格 vs. 目的格)の違反を扱っていますが、実験の結果日本人英語学習者はどちらの違反に対しても SF-M150 の反応を示さなかったのに対し、英語母語話者は a のタイプのみ SF-M150 を示し、b の方では示さなかったそうです。

同じく2004年の研究では、次の2つの違反を扱っています。

c. It was believed the man [was / *to have been] killed.
d. The man was believed [to have been / *was] killed.

c の違反については母語話者もL2学習者も SF-M150 の反応は示さず、逆に d の違反については両グループとも SF-M150 を示したそうです。

ここまで読んで、それではいったい SF-M150 というのは何を意味しているのかわからなくなりました。原典を読んだわけではないのであまり強いことは言えませんが、まず母語話者がどのような場合に SF-M150 を示し、どのような場合に示さないのかについてきちんと把握しなければ、L2 学習者との比較は難しいでしょう。Kubota et al. (2003) でいえば、上記の a と b の違反に対して母語話者はなぜ片方(a)だけに反応したのかがきちんと説明できてはじめて L2 学習者の反応の意味を検討することができます。

これは MEG 以外を使った NI 研究全般に言えることですが、ある種のパターンが測定された(例えば MEG の SF-M150 や ERP の N400 や P600)場合、それが本当は何を示しているのかがまだまだはっきりしません。比較的の進んでいる ERP を使った研究の場合、P600 は文法規則違反に対する反応だという風に言われていますが、どのような文法規則の違反にも反応するものなのか、MEG の SF-M150 のように特定の文法規則の違反のみに反応するのかわかりません(僕の不勉強なわけですが)。また、母語話者が特定の違反に反応して他の違反に反応しない場合、反応する違反とそうでない違反にどんな(言語学的)違いがあるのか、それをきちんと説明できないといけません。そういうことがはっきりしてはじめて L2 学習者に対して実験を行う意味が出てくるわけです。

うまくまとめられませんが、結論めいたことを言うならば、NI 研究においては、個々の測定方法から観察される反応が実際何を意味するのかについてもっときちんとわかってからでないと、SLA 研究には使いづらいのではないでしょうか。

Thursday, February 5, 2009

Montrul, Foote, & Perpinan (2008)

Montrul, S., Foote, R., & Perpiñán, S. (2008). Gender agreement in adult second language learners and Spanish heritage speakers: The effects of age and context of acquisition. Language Learning, 58, 503-553.

SLA 研究としてはちょっと珍しい調査対象を扱った論文です。タイトルにもある heritage language とは、日本語では「継承語」と呼ばれ、簡単にいえば生活圏で話されている言語とは別の言語を家庭内で話すような環境のことです。たとえば日本人家族が外国に移り住んだとして、普段の生活ではその国の言語が当然使われるわけですが、家の中では日本語を使い続ければ、日本語が継承語ということになります。この論文で対象としているのは、アメリカ、イリノイ州に住むメキシコ(スペイン語圏です)系移民の家庭で育った若者たちです。生まれてからの数年は家の中でスペイン語を聞いて育つため、アメリカに住みながらスペイン語が母語になり得ます。その後保育園や学校に通うようになり、そこで英語を習得していきます。スペイン語は家庭のみで使われるため、母語話者と同じようなレベルには達しない場合が多いようです(さらに読み書きも習うことがほとんどありません)。

継承語話者を対象にした研究はもちろんいろいろありますが、生成文法の枠組みの中で第二言語習得の研究対象としたものはあまりないんじゃないでしょうか。そもそも、継承語話者は母語話者や第二言語学習者とどのように関連付けられるのかもあまり明確ではありません。たとえば、継承語話者はその言語の母語話者と呼んでもよいのかどうか。生まれてから数年間そのことばを習得する過程を経ているわけだから母語と呼んでもよさそうですが、後に述べるように、継承語話者は母語話者と比べ文法の知識になんらかの欠落がありそうです。習得が途中で止まってしまったと考えるべきなのか、それとも一度習得された知識(の一部)を失ってしまったのか(これを language loss と呼びます)、その辺があいまいなので、緻密な SLA 研究の対象としては少し疑問が残ります。

では本題。研究対象となった言語項目は、スペイン語の性の一致(gender agreement)。スペイン語の名詞はすべて男性か女性のどちらかの性に割り振られます。たとえば casa (家)は女性名詞で auto (自動車)は男性名詞といった感じです。さらにこの名詞の性は、冠詞と形容詞の両方の性と一致させることになっています。具体的には次の例の通りです:

la casa roja
the-fem house (fem) red-fem

el auto rojo
the-mas car (masc) red-masc 

casa は女性名詞なので、直前の冠詞も女性形(la)になり、直後の形容詞も女性形(roja)になります。男性名詞の auto の場合は、冠詞(el)も形容詞(rojo)も男性形のものを使うわけです。ちなみにスペイン語はフランス語などと同様「冠詞+名詞+形容詞」の語順になります。

名詞そのものの性については、個々の語彙項目の知識として記憶されているはずですが、冠詞や形容詞との一致は文を処理する段階での統語的に処理されると考えられます。英語の動詞の活用と同じような処理ということですが、それはつまり morphological variability がここにも当てはまることを意味します。スペイン語の母語話者は上記のような性の一致を間違えることはまずありませんが、L2 学習者の多くは母語話者レベル(つまりほぼ 100% の正確さ)に達することはできません。上の例を使うなら、L2 学習者なら “*la casa rojo (the-fem house (fem) red-masc)” といった誤った発話をしてしまうことがあるわけです。

上述の性の一致に関する誤りを調べるために3つの実験が行われています。1つ目の実験は McCarthy (2008) の文理解タスクと似ています。次の例を見てください。

“No quiero llevar las ___ de ese color.”
no I-want bring the-fem of that color
“I don’t want to bring the ones of that color.” (p. 521)

この文を見て、何を指しているのかを選択肢(絵)の中から選びます。女性形の冠詞 las が使われているので、選択肢の中から女性名詞のものを選択することになります。

次に実験2です。こちらは文章を読んで、その中に出てくる冠詞や形容詞の正しい性を選ぶ(2択)課題。実際に使われたものの一部を下に抜粋します。

Los / Las llaves de la puerta, los televisores de 625 lineas…
The-masc / The-fem door keys, 625 line TV sets …

実験3は表出タスクです。絵(写真)を見てそれを簡単に説明する課題ですが、たとえばバナナの写真を見たら “Veo una banana madura. (I see a ripe banana.)” と言ってもらう感じです。録音した発話を分析し、使われる冠詞と形容詞の性が名詞の性と一致するかを調べています。

以上3つの実験に参加したのは、継承語話者、L2 学習者(中等教育以降にスペイン語の学習を始めた人)、そしてスペイン語母語話者の3つのグループです。実験結果をごく簡潔にまとめると、母語話者グループは、(当り前ですが)すべての実験においてほぼ 100% の正確さを見せました。次に残りの2グループですが、実験1と実験2では、継承語話者グループよりも L2 学習者グループの方がわずかに良い成績を残しています。実験3ではこれが逆転し、継承語話者グループの方がかなり高い正確さで発話しました。次に誤りの種類ですが、男性名詞の時に女性形の冠詞や形容詞を使う誤りに比べ、女性名詞の時に男性形の冠詞や形容詞を使う誤りの方が多いこともわかりました。これは McCarthy (2008) の研究とも似た発見で、困ったときは unmarked (デフォルト)である男性形を使うという傾向が出ていると著者たちは述べています。ただし、正答率の差はごくわずかだし、どちらの場合も 80% 以上の高い正答率だったことも記しておきます。

この研究で一番気になったというか、「ちょっと待ってくれよ」と思ったのが、明示的知識の介在を考慮に入れていなかったことです。これは McCarthy (2008) のレビューでも書きましたが、実験1と実験2に関しては、明示的知識をフル稼働したくなるような、どちらかというと「文法問題」と言っても良いようなタスク設定です。教室でスペイン語を学習してきた L2 グループの成績が、スペイン語の文法を習ったことのあまりない継承語話者グループよりも良い成績をおさめたことも、明示的知識が活用されたことを考えればなんら不思議ではありません。少なくとも個々の名詞のが男性・女性のどちらかなのかさえ知っていれば、あとはそれに合わせて冠詞と形容詞の活用を考えればよいだけなので、明示的知識が役立ったと考えるのが自然です。それに対して実験3では、写真を見てそれを口頭で説明するという課題のため、実験1、2と比べれば明示的知識の入り込む余地がだいぶ少なかったと考えられます。このタスクでは L2 グループが継承語話者グループより成績が低かったことも、明示的知識を活用できなかったと考えれば説明がつきます。

もちろん母語話者のように、性の一致に関する暗示的知識をきちんと持っていれば、どのタスクであっても正答率は高くなりますが、問題は暗示的知識になんらかの欠落があったとき、それが明示的知識の介在によってぼやけてしまうことです。こんな大事なことが、本文だけで40ページあるこの論文の最後6ページになって言い訳のように説明されています。結局のところ、実験1、2に関してはほとんど意味がなくなってしまったのではないかというのが僕の率直な感想です。

それでも実験3の分析はそれなりに興味深いものでした。誤りの種類を詳しく見てみると、やはりデフォルトの男性形を(女性名詞に対して)使ってしまうタイプの誤りの方が、男性名詞に対してあえて marked な女性形を使うあやまりよりもだいぶ多いことがわかります。その他にも、名詞の語尾の規則性(男性名詞は -o で終わり、女性名詞は -a で終わる)に則った名詞の場合の方が不規則な名詞の場合よりもより正確に性の一致をさせていることなど、なるほどと思える内容です(詳しくは論文に直接あたってください)。

最後にもう一言。冒頭でも述べましたが、継承語話者というのが言語習得のどういう段階にいるのかとういことがはっきりしないため、継承語話者と L2 学習者の違いが何を示すのかがよくわかりません。継承語話者は生後間もないころから継承語に触れているため、いわゆる臨界期(critical period)後にはじめてその言語に触れる L2 学習者とは質的に異なるパフォーマンスをすることも考えられますが、これについては子どもの第二言語習得研究という形で多くの研究があるわけで、SLA の理論構築に継承語話者を対象にした研究がどう貢献するのかが、いまいちわからないままです。教育学的な視点から継承語話者を研究するというのならよくわかりますが、言語学的にアプローチするには、このあたりをもう少し整理しないと難しいんじゃないでしょうか。