Thursday, February 5, 2009

Montrul, Foote, & Perpinan (2008)

Montrul, S., Foote, R., & Perpiñán, S. (2008). Gender agreement in adult second language learners and Spanish heritage speakers: The effects of age and context of acquisition. Language Learning, 58, 503-553.

SLA 研究としてはちょっと珍しい調査対象を扱った論文です。タイトルにもある heritage language とは、日本語では「継承語」と呼ばれ、簡単にいえば生活圏で話されている言語とは別の言語を家庭内で話すような環境のことです。たとえば日本人家族が外国に移り住んだとして、普段の生活ではその国の言語が当然使われるわけですが、家の中では日本語を使い続ければ、日本語が継承語ということになります。この論文で対象としているのは、アメリカ、イリノイ州に住むメキシコ(スペイン語圏です)系移民の家庭で育った若者たちです。生まれてからの数年は家の中でスペイン語を聞いて育つため、アメリカに住みながらスペイン語が母語になり得ます。その後保育園や学校に通うようになり、そこで英語を習得していきます。スペイン語は家庭のみで使われるため、母語話者と同じようなレベルには達しない場合が多いようです(さらに読み書きも習うことがほとんどありません)。

継承語話者を対象にした研究はもちろんいろいろありますが、生成文法の枠組みの中で第二言語習得の研究対象としたものはあまりないんじゃないでしょうか。そもそも、継承語話者は母語話者や第二言語学習者とどのように関連付けられるのかもあまり明確ではありません。たとえば、継承語話者はその言語の母語話者と呼んでもよいのかどうか。生まれてから数年間そのことばを習得する過程を経ているわけだから母語と呼んでもよさそうですが、後に述べるように、継承語話者は母語話者と比べ文法の知識になんらかの欠落がありそうです。習得が途中で止まってしまったと考えるべきなのか、それとも一度習得された知識(の一部)を失ってしまったのか(これを language loss と呼びます)、その辺があいまいなので、緻密な SLA 研究の対象としては少し疑問が残ります。

では本題。研究対象となった言語項目は、スペイン語の性の一致(gender agreement)。スペイン語の名詞はすべて男性か女性のどちらかの性に割り振られます。たとえば casa (家)は女性名詞で auto (自動車)は男性名詞といった感じです。さらにこの名詞の性は、冠詞と形容詞の両方の性と一致させることになっています。具体的には次の例の通りです:

la casa roja
the-fem house (fem) red-fem

el auto rojo
the-mas car (masc) red-masc 

casa は女性名詞なので、直前の冠詞も女性形(la)になり、直後の形容詞も女性形(roja)になります。男性名詞の auto の場合は、冠詞(el)も形容詞(rojo)も男性形のものを使うわけです。ちなみにスペイン語はフランス語などと同様「冠詞+名詞+形容詞」の語順になります。

名詞そのものの性については、個々の語彙項目の知識として記憶されているはずですが、冠詞や形容詞との一致は文を処理する段階での統語的に処理されると考えられます。英語の動詞の活用と同じような処理ということですが、それはつまり morphological variability がここにも当てはまることを意味します。スペイン語の母語話者は上記のような性の一致を間違えることはまずありませんが、L2 学習者の多くは母語話者レベル(つまりほぼ 100% の正確さ)に達することはできません。上の例を使うなら、L2 学習者なら “*la casa rojo (the-fem house (fem) red-masc)” といった誤った発話をしてしまうことがあるわけです。

上述の性の一致に関する誤りを調べるために3つの実験が行われています。1つ目の実験は McCarthy (2008) の文理解タスクと似ています。次の例を見てください。

“No quiero llevar las ___ de ese color.”
no I-want bring the-fem of that color
“I don’t want to bring the ones of that color.” (p. 521)

この文を見て、何を指しているのかを選択肢(絵)の中から選びます。女性形の冠詞 las が使われているので、選択肢の中から女性名詞のものを選択することになります。

次に実験2です。こちらは文章を読んで、その中に出てくる冠詞や形容詞の正しい性を選ぶ(2択)課題。実際に使われたものの一部を下に抜粋します。

Los / Las llaves de la puerta, los televisores de 625 lineas…
The-masc / The-fem door keys, 625 line TV sets …

実験3は表出タスクです。絵(写真)を見てそれを簡単に説明する課題ですが、たとえばバナナの写真を見たら “Veo una banana madura. (I see a ripe banana.)” と言ってもらう感じです。録音した発話を分析し、使われる冠詞と形容詞の性が名詞の性と一致するかを調べています。

以上3つの実験に参加したのは、継承語話者、L2 学習者(中等教育以降にスペイン語の学習を始めた人)、そしてスペイン語母語話者の3つのグループです。実験結果をごく簡潔にまとめると、母語話者グループは、(当り前ですが)すべての実験においてほぼ 100% の正確さを見せました。次に残りの2グループですが、実験1と実験2では、継承語話者グループよりも L2 学習者グループの方がわずかに良い成績を残しています。実験3ではこれが逆転し、継承語話者グループの方がかなり高い正確さで発話しました。次に誤りの種類ですが、男性名詞の時に女性形の冠詞や形容詞を使う誤りに比べ、女性名詞の時に男性形の冠詞や形容詞を使う誤りの方が多いこともわかりました。これは McCarthy (2008) の研究とも似た発見で、困ったときは unmarked (デフォルト)である男性形を使うという傾向が出ていると著者たちは述べています。ただし、正答率の差はごくわずかだし、どちらの場合も 80% 以上の高い正答率だったことも記しておきます。

この研究で一番気になったというか、「ちょっと待ってくれよ」と思ったのが、明示的知識の介在を考慮に入れていなかったことです。これは McCarthy (2008) のレビューでも書きましたが、実験1と実験2に関しては、明示的知識をフル稼働したくなるような、どちらかというと「文法問題」と言っても良いようなタスク設定です。教室でスペイン語を学習してきた L2 グループの成績が、スペイン語の文法を習ったことのあまりない継承語話者グループよりも良い成績をおさめたことも、明示的知識が活用されたことを考えればなんら不思議ではありません。少なくとも個々の名詞のが男性・女性のどちらかなのかさえ知っていれば、あとはそれに合わせて冠詞と形容詞の活用を考えればよいだけなので、明示的知識が役立ったと考えるのが自然です。それに対して実験3では、写真を見てそれを口頭で説明するという課題のため、実験1、2と比べれば明示的知識の入り込む余地がだいぶ少なかったと考えられます。このタスクでは L2 グループが継承語話者グループより成績が低かったことも、明示的知識を活用できなかったと考えれば説明がつきます。

もちろん母語話者のように、性の一致に関する暗示的知識をきちんと持っていれば、どのタスクであっても正答率は高くなりますが、問題は暗示的知識になんらかの欠落があったとき、それが明示的知識の介在によってぼやけてしまうことです。こんな大事なことが、本文だけで40ページあるこの論文の最後6ページになって言い訳のように説明されています。結局のところ、実験1、2に関してはほとんど意味がなくなってしまったのではないかというのが僕の率直な感想です。

それでも実験3の分析はそれなりに興味深いものでした。誤りの種類を詳しく見てみると、やはりデフォルトの男性形を(女性名詞に対して)使ってしまうタイプの誤りの方が、男性名詞に対してあえて marked な女性形を使うあやまりよりもだいぶ多いことがわかります。その他にも、名詞の語尾の規則性(男性名詞は -o で終わり、女性名詞は -a で終わる)に則った名詞の場合の方が不規則な名詞の場合よりもより正確に性の一致をさせていることなど、なるほどと思える内容です(詳しくは論文に直接あたってください)。

最後にもう一言。冒頭でも述べましたが、継承語話者というのが言語習得のどういう段階にいるのかとういことがはっきりしないため、継承語話者と L2 学習者の違いが何を示すのかがよくわかりません。継承語話者は生後間もないころから継承語に触れているため、いわゆる臨界期(critical period)後にはじめてその言語に触れる L2 学習者とは質的に異なるパフォーマンスをすることも考えられますが、これについては子どもの第二言語習得研究という形で多くの研究があるわけで、SLA の理論構築に継承語話者を対象にした研究がどう貢献するのかが、いまいちわからないままです。教育学的な視点から継承語話者を研究するというのならよくわかりますが、言語学的にアプローチするには、このあたりをもう少し整理しないと難しいんじゃないでしょうか。