話をする

ちょっと前後しますが、7月2日に神戸学院大学にお招きいただき、FD講演会という形で以下のタイトルでお話しさせていただきました:

目標言語を使った外国語の授業: 効果的なインプット・インタラクション・フィードバック

小規模なイベントでしたが、ディスカッションの時間も含めて2時間半たっぷりお話しさせていただきました。自分の研究に近い話ではありますが、英語教師としての自分を見つめるよい機会にもなりました。

今回の講演は、これまでに機会をいただいたいくつかの講演でお話しした内容を取りまとめたものでした。スライドを投影しながらそれぞれについて詳しく説明をしたので、スライドのみを公開してもあまり役に立たないような気もしますが、ファイル送付の依頼のあった先生にメールで送るにはちょっとサイズが大きいこともあり、ウェブで公開してしまいます。

PDFファイルのダウンロードはこちらから。

ことば足らずの内容ですので、質問などあれば遠慮なくご連絡ください。

LET関西支部2013年度秋季研究大会

10月12日に関西大学で開催される外国語教育メディア学会(LET)関西支部の秋季研究大会で、以下のタイトルで実践報告を行います:

大学の英語ライティング授業における TBLT の導入

発表資料:

大学の英語ライティング授業における TBLTの導入 [PDF]

大学の英語ライティング授業における TBLTの導入 [Keynote]*

*Myriad Pro フォントを利用しているため、このフォントをインストールした Mac 以外ではレイアウトが乱れる可能性が高いです。

大学の英語ライティング授業における TBLTの導入 [mov形式動画]**

**Myriad Pro フォントのない環境でマジックムーブの様子を見たい方はこちらをどうぞ。5秒おきにスライドが自動で進みます。ファイルサイズが 85MB 近くあるので注意してください。

LET関西ウェブサイトでプログラムおよび要項集が公開されています(いずれもPDF)。

関西大学でみなさんにお会いするのを楽しみにしています。

Nation の “The Four Strands” の問題点

この記事は、nancarrow さんのブログ記事「Urano氏への返答」の回答として読まれることを念頭に置いて書いています。本来なら The Four Strands そのものについてもある程度解説した方がよいのですが、時間の関係でかなりはしょります。興味のある方は、Nation 自身の文献をお読みください。また、彼の最近の講演を聞いたことのある方は、だいたいこれと同じ話をしていると思います(僕も先日直接話を聞く機会がありました)。

以下の文献は英文ですが比較的短いです。

The four strands of a language course. (1996)
http://www.victoria.ac.nz/lals/about/staff/publications/paul-nation/1996-Four-strands.pdf

The four strands. (2007)
http://www.victoria.ac.nz/lals/about/staff/publications/paul-nation/2007-Four-strands.pdf

おことわり

最初に宣言しますが、僕は The Four Strands そのものに異議を唱えるつもりはありません。偏った教え方をしてはいけませんよというメッセージは納得できるものですし、外国語を教える際のおおまかな道しるべとしては意味のあるものだと思います。ただし、Nation の提案の一部には SLA 研究の成果とは結びつかないところもあり、SLA(や関連分野)の研究に基づく提案であるとは言えないことを指摘します。

次に、この投稿では Nation の提案が「科学的か否か」という問題には踏み込みません。何をもって「科学的」とするかはなかなか難しい問題で、科学哲学的に考えてとても重要なことではありますが、今回の議論の中心からは外れます。そこでこの記事では、「科学的」ということばは使わず、Nation の提案が「これまでの研究に基づいているといえるかどうか」と読み替えて話を進めます。参考までに、科学哲学については、以下の本が読みやすいかもしれません:

戸山田和久 (2005). 『科学哲学の冒険: サイエンスの目的と方法をさぐる』

僕の中では Nation は語彙習得の権威で、今までもその方向の文献は追ってきましたが、今回の The Four Strands については僕の守備範囲からは少し外れますし、上で紹介した文献も丁寧に読んだわけではありません。僕自身の理解にも誤りがあるかもしれませんので、その場合ご指摘いただければうれしいです。

The Four Strands

Nation は外国語授業の活動を次の4つに分類しています。

(1) meaning-focused input
(2) meaning-focused output
(3) language-focused learning
(4) fluency development

(1) と (2) がいわゆる意味重視の活動で、言語形式には(あまり?)意識を傾けず、インプットの内容を聞いたり読んだりして理解する活動と、自分のいいたいことを書いたり話したりして伝える活動です。(3) は発音、語彙、文法などを意識的に学習する活動で、フラッシュカードを使った語彙学習や発音ドリルといったものが含まれます。(4) は既に知っている知識を駆使して英語を使う活動で、インプット・アウトプットの両方が含まれます。未習の言語項目が含まれていないことが重要で、速読や時間制限つきのライティング活動で、外国語を使うことに「慣れる」ことを目指します。

Nation は以上の4つを strands(糸)と表現し、下図のように4つの活動がバランスよく配合されることが重要だと述べています。

four-strands (Nation, 2013, chapter 1 より)

ここでいう「バランスよく」というのは、授業での活動時間がほぼ均等(25%ずつ)になることだと Nation は主張しています。

Each strand should have roughly the same amount of time in a well balanced course that aims to cover both receptive and productive skills…. Ideally each strand should occupy about 25% of the course time. (Nation, 2007, p. 7)

“25%” には根拠がない

僕が言いたいのは、上述の4つの活動時間を 25% ずつに配分するという考えには研究に基づく根拠がないということです。Nation 自身も、”… giving equal time to each strand is an arbitrary decision. (p. 8)” と根拠がないことを認めているのですが、それでも結局は “25%” にこだわりを見せていますし、最近出版された What should every EFL teacher know(Nation, 2013)でも “Each of these strands should get an equal amount of time in the total course” と主張しています。

この点についていくつか反論があるのですが、長くなるのでひとつに絞ります。僕は、インプットとアウトプットにかける時間が同じ(それぞれ 25% ずつ)であるべきという点にものすごい違和感を覚えます。Nation は meaning-focused output を支持する主な研究として Swain のアウトプット仮説を用いていますが、アウトプット仮説が生まれた経緯を考えれば、インプットとアウトプットを同じ量にするのがよいという考えがおかしいとすぐにわかるはずです。Swain (1985) によれば、カナダのイマージョン教育でインプット重視(アウトプットが強制されることはほぼない)の環境で第二言語を身につける学習者は、母語話者と比べて文法的正確さのみ劣ることがわかりました。意味理解、流暢さ、社会言語学的能力等については母語話者と同等の能力が身につくのに文法的正確さだけが身につかない理由として、イマージョンではアウトプットを促される機会がなかったため、細かい文法的規則に意識が向かなかったからだと Swain は考え、これがアウトプット仮説の根幹となりました。

上述のように、アウトプット仮説も実はインプットを重視しています(イマージョン教育が出発点ですから当然ですね)。インプットだけでは足りない部分を補うためにアウトプットが役立つと理解するのがちょうどよいでしょう。こう考えれば、インプットとアウトプットの活動に割く時間を同じぐらいにするという Nation の主張は、研究に基づく根拠がないだけでなく、研究に基づいてできそうな提案(インプット重視でプラスαとしてアウトプットの機会も用意する)とも矛盾しそうです。

インプット重視という考えはアウトプット仮説だけのものではありません。インタラクション仮説(Long, 1996 など)もインプットが十分あることが大前提ですし、これまでの SLA 研究全体をまとめても、第二言語習得にはインプット(の理解)が最も重要な役割を果たすと理解してよいのではないかと考えています。

SLA の研究成果に基づいた提案であるならば、The Four Strands のバランスは少なくとも (1) meaning-focused input を他の3つ、特に (2) meaning-focused output よりもずっと重くする必要があるでしょう。インプットとアウトプットの活動に割く授業時間は同程度でいいですよとする Nation の提案は、この点でこれまでの SLA 研究の結果に基づくとは言えず、「SLA 研究では、インプットとアウトプットの量は同じぐらいが適切だということがわかっているんだ」という誤った考えが広まることを心配しています。

おわりに

日本の英語教育では、インプット量が絶対的に不足していることが繰り返し指摘されています。だからこそ僕は機会があるたびにインプットの量を増やす必要性を訴え、理解可能なインプットをどうやったら教師が提供できるかについても考えてきましたし、提案もしてきました。そんな中で Nation のこの提案を知り、少なくともこの “25%” という割合が研究に基づくものだと誤解されることだけは避けたいなと思っています。

Nation の提案の大枠自体は、たとえば「文法ドリルばっかりやっていないで、意味重視のインプットやアウトプット活動も授業でやってくださいね」とか、「インプットだけでは不十分なので、アウトプット活動も織り交ぜてくださいね」といったガイドラインとしては有効だと思います。少なくとも「4つの活動を 25% ずつやるのが望ましい」という部分だけは外してくれればと願っています。