今教えている授業の中で、国際語としての英語の話とか、言語帝国主義の話とかもしていますが、そういう難しい話は置いといて、今日は日本語以外のことばが使えて、日本語を話さない人とコミュニケーションができて楽しいという話。
たまたま見ていたBS朝日の旅番組。フランス、シャンパーニュ地方を中心に街の様子を見せてくれました。ナレーションは全編英語で(もちろん日本語字幕はありましたが)、カメラの前の人々は皆英語で話をしています。おそらくアメリカの番組を買い取って、そのまま日本語の字幕だけ付けて放送しているのだと思いますが、フランスの人たちだって英語のテレビクルーがやってくれば普通に英語で話してくれています。もしこれが日本のテレビ局の番組だとしたら、現地の人の話はすべて日本語吹き替えになってしまいます。それって実はものすごく非日常的な感覚なわけで、一歩日本の領土を離れれば、自分たちに日本語を話してくれる人なんてほとんどいないわけです(ハワイは例外かな)。
自分の数少ない海外旅行(ハワイとの行き来はやたら多いですが、「旅行」というわけではなかったので)の経験を思い出しても、英語という道具をノンネイティブ同士で使いながら意思の疎通をはかる楽しみというのがとても大きな意味を持っています。自分とはまったく異なる文化や社会を背負っている人と、通訳などを介さず互いに語り合うことができるというのは、とても刺激的で楽しい行為です。イタリア、ローマで、「ボン・ジョルノ」、「グラッツィエ」、「スクーズィ」などという片言のイタリア語も交えつつ、あとは英語でワイのワイのと話したり、ベネルクスを訪れた時には、乗ってみたもののどうやって降りたらよいかわからないバスの中で困っていたところを、近くに座っていたおばさんに(当り前のように)英語で助け船を出してもらったり、ことばが通じるというワクワク感をいろいろ感じてきました。
外国語を勉強する目的というのはもちろん人それぞれいろいろあると思いますが、僕の中ではこの「ワクワク」という感覚が今でもとても大きな意味を持っています。思えば、出張で地方に出かけると、ひとりでその土地のお店に入り、地元の人と酒を酌み交わすのが大好きなのも(もちろん国内ではみんな日本語ですけどね)、元をたどれば同じ「ワクワク」感を求めているのかもしれません。
英語を教える立場の人間として、どうして英語を勉強するのか、英語を勉強するとどんないいことがあるのか、というったことを納得してもらうことはとても大切ですが、理屈っぽい話だけでなく、こういう「ワクワク」感を伝えることも忘れずにおきたいと思います。