大学教員という職業

今日も午前中をいつものコーヒーショップにて過ごす。White (2003) の第2章を読む。650円のコーヒー1杯で2時間過ごす客は、お店としてはコストパフォーマンス悪いかな。でも静かにしてるので他の客の迷惑にはなってないと思いますが。

支払いを済ませて店を出るときにふと思う。授業のない期間とはいえ平日の昼間にコーヒーショップで論文や本を読んでいられるというのは幸せなことではないかと。決して楽な仕事ではないですが、教育活動やその他の業務(いわゆる雑用も含む)だけでなく、研究活動も職務の一部として認知してもらえるわけです。英語教育系の研究をする方々の中には、中学校や高校で教えながら、忙しい合間を縫って「余暇」を研究に充てている人もいますし、そういう意味では学会発表に行くといえば堂々と出張願いを出せるし、旅費や図書費も年にウン十万円はいただける今の環境は恵まれているといえます。

ウチの場合には、新しい学部ということと、学部内で英語の統一カリキュラムを組んでいることなどもあり、教育活動に関わる仕事や administrative な業務が多いのが現状で、「勘弁してよ、研究させてよ」と思うこともないわけではないですが(というか多々ありますが)、文句を言っても何も解決しないので、できることからやっていこうと思いました。
なーんてことを、またコーヒーを飲みながら書いています。さて、仕事に戻るか。

2 thoughts on “大学教員という職業”

  1. 長いコメントありがとうございます。先生のリサーチノートを拝見すると、自分は、SLAでは、external environment(インプット、タスク、社会言語学的要因といった、言語習得を取り巻く言語環境)を研究していたんだと思います。大学教員の先生もいろいろと雑務が多くて大変ですね。でも、研究活動が保証されているのはすばらしい事だと思います。私は、英語以外の仕事ばっかり、最近はやっていて英語力がどんどん下がっている気がしてます。ブログを書いている暇があれば英語の勉強をすればいいのでは、という感じですが、どうもサボりがちです。でも、向上心を保つには、余暇を積極的に利用しないといけないと思います。私も長いコメントでした。

  2. カーネルさん。やっぱ仕事忙しいね。大変だとは思いますが、忙しさに飲まれてしまうといつか周りに流され、初心を見失ってしまうものです。そうならないよう、お互いがんばりましょう。

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