広島修道大で開催されるイベントにおじゃまするため昨日広島に飛んできました。僕は午後以下のタイトルで25分程度お話しさせていただきます。
目的に応じたLMSプラットフォームの選択と利用: 何ができるかではなく何をすべきかを考える
シンポジウムの詳細は以下のページでご確認ください。
目的に応じたLMSプラットフォームの選択と利用: 何ができるかではなく何をすべきかを考える from Ken Urano
広島修道大で開催されるイベントにおじゃまするため昨日広島に飛んできました。僕は午後以下のタイトルで25分程度お話しさせていただきます。
目的に応じたLMSプラットフォームの選択と利用: 何ができるかではなく何をすべきかを考える
シンポジウムの詳細は以下のページでご確認ください。
目的に応じたLMSプラットフォームの選択と利用: 何ができるかではなく何をすべきかを考える from Ken Urano
確かに自由産出は暗示的知識って考えは悪しき慣習な気がしますなー。とくに何らかの介入でアウェアネスが高まってる状態で対象項目が出てきて暗示的知識の習得なら、リキャストに対するアップテイクなんて一瞬の暗示的知識の習得だよ。
— Fukuta Junya (福田純也) (@fukuta_junya) October 30, 2013
先日のメソ研 in 秋田で行われた、草薙邦広さん(名古屋大学)の討論会「第二言語能力の構成技能としてみる明示的・暗示的文法知識」に参加して考えたことを、これまでの自分の研究などに照らし合わせつつまとめます。論文ではなく思いつきのメモなので、引用など細かいところには目をつぶってください。
第二言語習得(SLA)研究では、黎明期より学習者の自発的産出データ(spontaneous production data)*の分析が行われ、言語学的な研究などでは今でもよく利用されます。ただし、産出データ(特に発話データ)は収集とコード化に多大な時間を必要とするため、こういったデータを扱った研究は小さなサンプルを対象とすることが多いです(例外として学習者コーパスを利用した研究がありますが、これについては後述)。
*タイトルは自由産出データ(free production data)としていますが、本記事では個人的に好きな自発的産出データを使います。
SLA 研究の発展とともに、産出データ以外にも様々なデータ収集方法が提案され、たとえば Rod Ellis や Nan Jiang のようにデータ収集(測定)方法に焦点をあてた研究も進んでいます。学習者の知識を直接測定することは不可能なため、間接的な手法からどこまで知識に迫れるかが課題になります。
第二言語学習者の知識を測定する上で避けて通れないのが、いわゆる明示的・暗示的知識の区別です。詳細は割愛しますが、最近の測定法研究の多くは、明示的知識の影響(干渉)をいかに排除して、学習者の暗示的知識に迫ることができるかを課題としています。Ellis は「時間制限つきの文法性判断テスト」、「模倣テスト」、「口頭物語テスト」が暗示的知識の測定に適していると提案していますが、たとえば時間制限つきの文法性判断テストにしても、明示的知識の干渉を抑えることは難しいと僕は考えています(詳しくはメソ研論集の浦野 、草薙を参照)。
そこで考えられるのが、冒頭で述べた自発的産出データの利用です。Ellis 自身も “the ideal measure of implicit knowledge is probably ‘free production’” (Ellis et al., 2009, p. 28) と述べているように、一般的に産出データは明示的知識の影響が少ないと考えられています。ただ、話はそんなに単純ではないですよというのがこの記事の主旨であり、産出データに明示的知識がどのように干渉し得るか、その条件の整理を試みます。整理といっても網羅的なものではなく、僕が思いついた要因をいくつか書き記すだけですので、他にも要因がある可能性は十分あります。
一般に話しことばよりも書きことばの方が明示的知識の干渉が多いと言えます。書きことばの方が時間をかける場合が多いし、その分産出前後に明示的知識を利用したモニター(修正)を行うことがあり得るからです。ただし、話しことばの方がデータ収集が大変で、しかも収集後に文字化する手間がかかるため避けられることが多いです(苦笑)。話しことばのデータを収集・分析するみなさん、おつかれさまです。
書きことばのデータを集める際に明示的知識の干渉を減らす方法として、モニターをなるべくさせないことが考えられます。少々あらっぽでいすが、一番手っ取り早いのが時間あたりの産出量を増やすことです。たとえば、同じ300語を書かせるにしても、60分かけるのと10分でやってもらうのとではモニターに費やせる時間は大幅に変わってきます。学習者コーパスの多くは、時間あたりの産出量が少ないので、残念ながら統語や形態素に関する暗示的知識を推測するデータとしては不適切だろうというのが僕の考えです*。特にモニターしやすいような文法規則については、明示的知識によって産出された誤りの多くが修正されてしまっている可能性があるでしょう。もちろん学習者コーパスは文法の暗示的知識の測定を主目的として収集されているわけではないのですけど。
*たとえば NICE の場合、60分間の作文の平均語数は342語で、これは1分あたり5.7語のスピードで書いていることを意味します。実際に書くスピードはもっと速いはずなので、書く前や書いたあとに明示的知識などを動員していることが考えられます。
暗示的知識を調査するために産出データを用いるなら、短めの時間制限を設定して、時間内にできるだけたくさん書いてもらうことでモニターの機会を奪うことが必要でしょう。
課題に取り組むにあたって、被験者が課題の目的をどう理解しているのかも明示的知識の干渉の有無(または大小)に影響を与えるでしょう。エッセイ形式の課題の場合、普段の授業で文法に関するフィードバック(添削)を受けている学習者であれば、文法的正確さにも意識を向けやすく、したがって明示的知識の使用が増えることが予想されます。また、実験環境で文法テストを受験したあとで産出課題を行えば、被験者は「これから書いたものは文法的な誤りをチェックされるのかな」と考えるかもしれません。
明示的知識の干渉を減らすには、形式よりも意味に焦点を当てるよううながしたり、正確さ(質)よりも流暢さ(量)を重視する旨を伝える必要があるでしょう。
以上3点をざっくりまとめると、「自発的産出データは話しことばが望ましいが、書きことばにする場合にも、限られた時間内にたくさん書かせることと、形式よりも意味に焦点を向けさせることが望ましい」ということになるでしょうか。絶対的なガイドラインとは言えないかもしれませんが、少なくともこのようなことに気を配らずに集めた産出データは、暗示的知識を測定する方法として適切でないとは言えると思います。
上記の提案は、実証的な根拠のない、いわば浦野の思いつき(一応経験には基づいていますが…)です。研究上のガイドラインとするには心細いので、なんらかのサポートを用意する必要があります。一番確実なのは、上記3つの要因を部分的に統制した形で産出データを集め、誤用率を計算することで明示的知識の干渉の程度を測定することです。たとえば、まったく同じライティング課題を用意して、ひとつのグループには制限時間を60分与え、もうひとつのグループには(たとえば)その半分の30分という短い制限時間を用意してみてはどうでしょう。また、制限時間も揃えた同じライティング課題で、片方のグループには質より量を重視する旨の指示を出し、もう片方には特に指示を与えなかった場合の誤用率の比較も可能です。明示的知識の干渉が少なくなれば、それだけ誤用率が上がる(つまり誤りが増える)ことが予想されます。
誤用率を計算する(つまり測定する)文法規則の選定も重要になります。学習者が明示的知識を持っていて、モニターの形でそれが使いやすく、なおかつその規則に関する暗示的知識を持っていない(と思われる)ことが望ましいです。産出データ中にある程度の頻度で観察されなければいけないことも踏まえて、主語と動詞の一致(agreement)、動詞の過去形、名詞の複数形といった形態素使用の正確さを測定することをここでは提案しておきます。
最後にひとつコメントです。忘れてはならないのは、(特に書きことばの)産出データを分析する場合、ある言語規則の誤用率が100%になることはほぼないということです。ある言語規則について、もし学習者が暗示的知識を持っていないとすると、暗示的知識のみを利用した産出データでは理論上誤用率が100%になるはずです。たとえば、日本語を母語とする英語学習者は agreement に関する暗示的知識を持っていない可能性が指摘されていますが、産出データで agreement の誤用率が100%近い数値を出した研究は僕の知る限りありません。これはつまり、どれほど統制を加えても、学習者が英語を書いたり話したりするときには明示的知識が複雑な形で暗示的知識(に基づく産出)に絡み合っている可能性を示唆し、そういう意味で明示的知識の干渉を産出データにおいて完全に排除することはほぼ不可能であることも意味します。この辺については、冒頭で紹介したメソ研討論会での草薙さんの発表内容ともつながります(興味のある方はUstreamでご覧ください)。
メソ研 in 秋田での自分たちの発表について、補足(というかまとめ)をするためにいくつかつぶやいたので、ここにまとめておきます。
メソ研での追試の発表ですが、突き詰めると、メタ分析を行うには、独立変数と従属変数のそれぞれで統制をおこなった研究のみを対象にしないと、いわゆる「統合」にならないと主張したと言えると思っています。文法指導の効果については、(つづく)
— Ken Urano (@uranoken) October 29, 2013
(承前)「どんな言語項目・規則を対象にどのような指導を行ったのか」(=独立変数)と「学習者の知識をどのように測定したのか」(=従属変数)にばらつきがあると、メタ分析の結果、具体的な提案には至りません(Norris & Ortega, 2000もそう)。(つづく)
— Ken Urano (@uranoken) October 29, 2013
(承前)発表で紹介した医学系のメタ分析ではそこがきちんとしているために、メタ分析の結果、たとえば「A(という治療法・薬)はB(死亡率の低下)に効果があるため、この治療法を行うべきである」といった具体的な提案を結論で述べることができるわけです。(つづく)
— Ken Urano (@uranoken) October 29, 2013
(承前)英語教育系のメタ分析には、この統制が不十分なものが多いようで、その結果、せっかくメタ分析でまとめても具体的な提案ができない状態にあります。そこで重要なのが追試(replication)であり、追試を増やすことで研究の統合を進めましょうと提案しました。(了)
— Ken Urano (@uranoken) October 29, 2013
外国語教育メディア学会(LET)関西支部メソドロジー研究部会(通称メソ研)の2013年度第2回研究会が10月26–27日に大学コンソーシアムあきた(秋田市)で開催されます。
26日の17:00–17:55に、静岡大学の亘理陽一さんと共同で以下のタイトルで発表を行う予定です:
「英語教育研究における追試(replication)の必要性 」
発表の補足を亘理さんがブログでまとめてくれています。
亘理さんによるあらたなブログ記事も関係してますね。
わたくし浦野も Twitter 上で少し補足をしました。
それではみなさん、秋田でお会いしましょう!
10月12日に関西大学で開催される外国語教育メディア学会(LET)関西支部の秋季研究大会で、以下のタイトルで実践報告を行います:
大学の英語ライティング授業における TBLT の導入
発表資料:
大学の英語ライティング授業における TBLTの導入 [PDF]
大学の英語ライティング授業における TBLTの導入 [Keynote]*
*Myriad Pro フォントを利用しているため、このフォントをインストールした Mac 以外ではレイアウトが乱れる可能性が高いです。
大学の英語ライティング授業における TBLTの導入 [mov形式動画]**
**Myriad Pro フォントのない環境でマジックムーブの様子を見たい方はこちらをどうぞ。5秒おきにスライドが自動で進みます。ファイルサイズが 85MB 近くあるので注意してください。
LET関西ウェブサイトでプログラムおよび要項集が公開されています(いずれもPDF)。
関西大学でみなさんにお会いするのを楽しみにしています。
今日明日信州大学教育学部にて開催される中部地区英語教育学会(CELES)長野支部研究会で、以下のタイトルの講演を行います。
Input, interaction, and the roles of Japanese teachers of English: A second language acquisition perspective.
大枠は昨年12月のALT研修会での講演を踏襲したものですが、信州大学酒井ゼミ、静岡大学亘理ゼミの学生さんが多く参加されるとのことなので、日本人英語教員(とその希望者)向けにアレンジしてあります。
Input, interaction, and the roles of Japanese teachers of English: A second language acquisition perspective from Ken Urano
8月20–22日に八王子セミナーハウスで開催される日本第二言語習得学会(J-SLA)2013年度夏季セミナーで、次の2つのワークショップを担当します(両方とも20日の午後を予定):
このページでは、ワークショップのスライドや配布資料を公開します。完成次第随時アップロードする予定です。
LET全国大会でのワークショップ「有意性と効果量についてしっかり考えてみよう」とほぼ同内容です。
参考文献一覧は、LET全国大会でのワークショップのページをご参照ください。
実際にRに触りながら、基本的な使い方、特にデータの読み込みと基本的な統計処理(作図、記述統計、簡単な推測統計)ができるようになることを目指します。
このページは、全国英語教育学会(JASELE)第39回北海道研究大会で行われたワークショップ「英語教育実践と研究の接点―研究の在り方と手法―」(担当:浦野研・水本篤)に関係する資料の保管・公開場所です。
全国英語教育学会には、学部生や大学院に入って間もない研究者のタマゴや、中高等で実践にあたる英語教員のみなさんの参加も多く、大会参加後に自分でも研究をやりたいと思う方もいらっしゃると思います。ただ、いざ研究を始めようと思ってもとっかかりが見つからず、何から手をつけてよいかわからない方もいることでしょう。
そこで本ワークショップでは、講師のふたりがこれまでに他学会等で行ってきた研究法に関するセミナーやワークショップの内容を基に、全国英語教育学会の年次大会や紀要(ARELE)で研究発表や論文投稿を行うための手がかりとなるお話をさせていただきます。具体的には、国内の英語教育系の学会でこれまでにどのような研究が行われてきたのか、そして行われてこなかったのかについて、研究内容(テーマ)と研究方法の両面から考察し、「こんな研究をやってみたらどうでしょう」といった提案をすることを目指します。
(2016年8月追記)2016年に同じLET全国研究大会で類似のテーマのワークショップを行いました。情報も追加していますし、誤りも修正していますので、そちらをご利用ください。
このページは、2013年度外国語教育メディア学会(LET)全国研究大会中に行われるワークショップ「有意性と効果量についてしっかり考えてみよう」に関係する資料の保管・公開場所です。
ワークショップ中も含めて、Twitter 等でのシェアを歓迎します。また、@uranoken までメンションを飛ばしていただければ、できる限りお返事します。
当日の Twitter でのつぶやきのまとめを作っていただきました。後半部分が浦野担当ワークショップ関連のつぶやきです。ワークショップ内容の補足としてご覧ください。
スライド
効果量の計算のシート(Excelファイル。水本篤さん作成)—リンクが正しくなかったのを修正しました(2013.08.08)
参考文献(随時更新。書籍のリンク先はAmazonです。)
ワークショップ概要(大会ウェブサイト)より:
「効果量(effect size)」ということばを目にすることが多くなりました。統計ソフトの中には有意性検定(「p値」の計算)とセットで計算してくれるものもあり、有意確率(p値)とともに効果量を掲載する論文も増えてきましたが、それが何を意味するのかについて本文でまったく触れない論文もあり、だったらなぜ載せるのだと疑問に思うことがあります。
本ワークショップは、効果量とは何か、有意確率との類似点と相違点は何かなどを考えることで、効果量の意味を理解することを第一の目標とします。その理解に基づいて、表計算ソフトや無料のウェブサービスを利用して実際に効果量の計算ができるようになることも目指します。
この記事は、nancarrow さんのブログ記事「Urano氏への返答」の回答として読まれることを念頭に置いて書いています。本来なら The Four Strands そのものについてもある程度解説した方がよいのですが、時間の関係でかなりはしょります。興味のある方は、Nation 自身の文献をお読みください。また、彼の最近の講演を聞いたことのある方は、だいたいこれと同じ話をしていると思います(僕も先日直接話を聞く機会がありました)。
以下の文献は英文ですが比較的短いです。
The four strands of a language course. (1996)
http://www.victoria.ac.nz/lals/about/staff/publications/paul-nation/1996-Four-strands.pdf
The four strands. (2007)
http://www.victoria.ac.nz/lals/about/staff/publications/paul-nation/2007-Four-strands.pdf
最初に宣言しますが、僕は The Four Strands そのものに異議を唱えるつもりはありません。偏った教え方をしてはいけませんよというメッセージは納得できるものですし、外国語を教える際のおおまかな道しるべとしては意味のあるものだと思います。ただし、Nation の提案の一部には SLA 研究の成果とは結びつかないところもあり、SLA(や関連分野)の研究に基づく提案であるとは言えないことを指摘します。
次に、この投稿では Nation の提案が「科学的か否か」という問題には踏み込みません。何をもって「科学的」とするかはなかなか難しい問題で、科学哲学的に考えてとても重要なことではありますが、今回の議論の中心からは外れます。そこでこの記事では、「科学的」ということばは使わず、Nation の提案が「これまでの研究に基づいているといえるかどうか」と読み替えて話を進めます。参考までに、科学哲学については、以下の本が読みやすいかもしれません:
戸山田和久 (2005). 『科学哲学の冒険: サイエンスの目的と方法をさぐる』
僕の中では Nation は語彙習得の権威で、今までもその方向の文献は追ってきましたが、今回の The Four Strands については僕の守備範囲からは少し外れますし、上で紹介した文献も丁寧に読んだわけではありません。僕自身の理解にも誤りがあるかもしれませんので、その場合ご指摘いただければうれしいです。
Nation は外国語授業の活動を次の4つに分類しています。
(1) meaning-focused input
(2) meaning-focused output
(3) language-focused learning
(4) fluency development
(1) と (2) がいわゆる意味重視の活動で、言語形式には(あまり?)意識を傾けず、インプットの内容を聞いたり読んだりして理解する活動と、自分のいいたいことを書いたり話したりして伝える活動です。(3) は発音、語彙、文法などを意識的に学習する活動で、フラッシュカードを使った語彙学習や発音ドリルといったものが含まれます。(4) は既に知っている知識を駆使して英語を使う活動で、インプット・アウトプットの両方が含まれます。未習の言語項目が含まれていないことが重要で、速読や時間制限つきのライティング活動で、外国語を使うことに「慣れる」ことを目指します。
Nation は以上の4つを strands(糸)と表現し、下図のように4つの活動がバランスよく配合されることが重要だと述べています。
ここでいう「バランスよく」というのは、授業での活動時間がほぼ均等(25%ずつ)になることだと Nation は主張しています。
Each strand should have roughly the same amount of time in a well balanced course that aims to cover both receptive and productive skills…. Ideally each strand should occupy about 25% of the course time. (Nation, 2007, p. 7)
僕が言いたいのは、上述の4つの活動時間を 25% ずつに配分するという考えには研究に基づく根拠がないということです。Nation 自身も、”… giving equal time to each strand is an arbitrary decision. (p. 8)” と根拠がないことを認めているのですが、それでも結局は “25%” にこだわりを見せていますし、最近出版された What should every EFL teacher know(Nation, 2013)でも “Each of these strands should get an equal amount of time in the total course” と主張しています。
この点についていくつか反論があるのですが、長くなるのでひとつに絞ります。僕は、インプットとアウトプットにかける時間が同じ(それぞれ 25% ずつ)であるべきという点にものすごい違和感を覚えます。Nation は meaning-focused output を支持する主な研究として Swain のアウトプット仮説を用いていますが、アウトプット仮説が生まれた経緯を考えれば、インプットとアウトプットを同じ量にするのがよいという考えがおかしいとすぐにわかるはずです。Swain (1985) によれば、カナダのイマージョン教育でインプット重視(アウトプットが強制されることはほぼない)の環境で第二言語を身につける学習者は、母語話者と比べて文法的正確さのみ劣ることがわかりました。意味理解、流暢さ、社会言語学的能力等については母語話者と同等の能力が身につくのに文法的正確さだけが身につかない理由として、イマージョンではアウトプットを促される機会がなかったため、細かい文法的規則に意識が向かなかったからだと Swain は考え、これがアウトプット仮説の根幹となりました。
上述のように、アウトプット仮説も実はインプットを重視しています(イマージョン教育が出発点ですから当然ですね)。インプットだけでは足りない部分を補うためにアウトプットが役立つと理解するのがちょうどよいでしょう。こう考えれば、インプットとアウトプットの活動に割く時間を同じぐらいにするという Nation の主張は、研究に基づく根拠がないだけでなく、研究に基づいてできそうな提案(インプット重視でプラスαとしてアウトプットの機会も用意する)とも矛盾しそうです。
インプット重視という考えはアウトプット仮説だけのものではありません。インタラクション仮説(Long, 1996 など)もインプットが十分あることが大前提ですし、これまでの SLA 研究全体をまとめても、第二言語習得にはインプット(の理解)が最も重要な役割を果たすと理解してよいのではないかと考えています。
SLA の研究成果に基づいた提案であるならば、The Four Strands のバランスは少なくとも (1) meaning-focused input を他の3つ、特に (2) meaning-focused output よりもずっと重くする必要があるでしょう。インプットとアウトプットの活動に割く授業時間は同程度でいいですよとする Nation の提案は、この点でこれまでの SLA 研究の結果に基づくとは言えず、「SLA 研究では、インプットとアウトプットの量は同じぐらいが適切だということがわかっているんだ」という誤った考えが広まることを心配しています。
日本の英語教育では、インプット量が絶対的に不足していることが繰り返し指摘されています。だからこそ僕は機会があるたびにインプットの量を増やす必要性を訴え、理解可能なインプットをどうやったら教師が提供できるかについても考えてきましたし、提案もしてきました。そんな中で Nation のこの提案を知り、少なくともこの “25%” という割合が研究に基づくものだと誤解されることだけは避けたいなと思っています。
Nation の提案の大枠自体は、たとえば「文法ドリルばっかりやっていないで、意味重視のインプットやアウトプット活動も授業でやってくださいね」とか、「インプットだけでは不十分なので、アウトプット活動も織り交ぜてくださいね」といったガイドラインとしては有効だと思います。少なくとも「4つの活動を 25% ずつやるのが望ましい」という部分だけは外してくれればと願っています。